◆SSその4
「ずっとこのままで」
全てを蝕むような闇を二人で駆け抜ける。
すぐそこまで火の手が迫っている森を、到達点もなく、ただ、ただ、目的もなく、走り抜ける。
……いったいどれほど走っただろうか。
どれだけ走れば、私たちは助かるのか。
それが解ればどれだけ楽なことか。
なにもわからない。
闇雲に走り抜ける。走れど走れど火の手が迫ってくる。
もはや走ることに意味があるのかすらわからないまま、永遠とも想える時を駆ける。
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——時は遡る。
たまたま訪れた村の村長に頼まれごとをされたのが、全ての始まりだった。
「毎年この時期に森の中の碑を見てきているのだが、若い衆が全員倒れてしまっての。
そこで通りすがりでわるいんじゃが、森の中を見てきてはくれんかの。」
私たちは、都市部のギルドから、隣国の城下町へ書簡を届けるために派遣され、旅をつづけている。
しかし、道中急な天候悪化に見舞われ、この村で足止めを食らっていた。
旅が長期化していたことから、ギルドから支給されていた金も底を突き、村の宿を取るほどの金も持ち合わせていなかった。
野宿をも覚悟していた最中、このような声がけがあった。報酬は宿の提供、悪い話ではない。
「だって、イリア。どうする?」
「まぁ、たまには布団で眠りたいし。受けましょうよ。」
きっかけはこんなもんだった。ただただ、たまには良いところで寝たかっただけだった。
このときは、あんな事になるとはつゆしらず。
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「別に碑をどうこうしてほしいというわけじゃない。ただただ様子を見てきて欲しいんじゃ。
なに、道中何もなければ、森にも危険なことは何もない。目印も地図もある」
村長はそう続ける。
「たしかに、それだけあれば、私たちでも大丈夫そうね。」
ミイナはそう呟く。
「ただしお前さん達。もし、碑が壊れていたとしたら、森には悪い妖精が出るかもしれん。
お前達を惑わそうとするが、決して耳を傾けてはならんぞ。
どれだけ情が沸いても情けを掛けてはならぬ。
情けを掛けたが最後、村は滅びるのじゃから。」
村長は神妙な面持ちで語る。
確かに、一般的に妖精はいたずらをする傾向にあるという。
それは、私も魔法学校で習った記憶がある。
しかし、村を滅ぼす……といったことが、いささか腑に落ちない。
妖精が村を滅ぼす程の力を持っているとは思えないからだ。
一般的には非力と考えられている妖精。
人を殺める能力を持ち合わせているとは考えづらい。
何か違和感を感じる……
この村には何か重要な隠し事があるのではないか——
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「やっぱり?イリアもそう思うわよね?」
碑の確認を明日に控え、村長が手配した宿で考える私たち。
——妖精が村を滅ぼす
パートナーのイリアも同じ違和感を抱えていた。
この世界では、どこかの村が襲撃に遭い、滅びる。
それは、人間同士の抗争、大型獣の暴走、自然現象での壊滅、様々である。
しかし、妖精が村を滅ぼすということは私もイリアも聞いたことがなかった。
だからこそ、村長の言葉が引っかかったのである。
「もしかしたらさ……」
イリアが呟く。
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今、私たちがいる地域「オノミア地区」にはとある伝承がある。
この地区は、昔、妖精が住んでいた自然豊かな地区だった。
あるとき、都市部の住民が、流刑地として、罪人を送り込むようになり、やがて流刑者の集落がつくられるようになった。
しかし、妖精と人間では、意思疎通ができず、常に対立していた。
そこで、人間たちは、妖精を呪術で封じ込め、オノミア地区を人間の支配下に置いた。
流刑制度が廃止になってからも、依然としてこのオノミア地区に住み着いているのだ。
私が歴史で習った伝承は、この通りであった。
「たしかに、私が聞いているのもそんな感じだわよ。」
ミイナも頷く。認識に誤りは無いようだった。
ただし、この伝承は数百年も前のことである。
今、ここに住んでいる者たちは、妖精を見たことはないはず。
そのため、色々と尾ひれが付いていったのかな。
実は妖精も…… そんな悪い奴ではないのかもしれない……
そう思っていた。
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大浴場の中でひとり考える。
幼なじみのイリアとの旅も、あと数日もすれば、終わりがくるであろう。
そうすれば、また、二人は離れ離れになってしまうだろう。
白い月が冷やかすかのように私たちを照らす。
「こんなに広いお風呂に入ったの、何時ぶりかしらね。」
イリアがそう問いかける。
「最近はめっきり滝行だったからねぇ、暖かいところなんて久々よ。」
「でも、明日からまた頑張らなきゃね。祠が何処にあるか、わからないけど。」
「まぁ、でも、適当にこなせば良いんでしょう。大した話でも無い気がするし。」
身も何もない薄っぺらい会話。ただ、それが心地よい。
この時がずっと続けば良いのにとさえ思う。
イリアの柔肌を月が照らす。
ただ、それに見蕩れていた。
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「くれぐれも妖精にだけは気をつけるのじゃぞ」
村長はそう私たちに告げ、村から見送る。
「まったく、そこまで妖精を敵視しなくても良いんじゃないのかしら。ミイナもそう思うわよね?」
思わずそう問いかけた。
「まぁ、ここら辺の事情ってものもあるんじゃないかしらね。」
彼女らしい、雑な回答が返ってくる。
ひたすら、地図を頼りに、森を進む。
ただひたすら、静寂。
道が整備されていないからか、ミイナの息が偶に聞こえてくる。
そんな時が心地よく感じた。
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静寂の森を進み続ける。
旅立ちからどのぐらいの時が経っただろうか。
他愛もない話しをしながら、森の奥深くへと進む。
森は、冷たさと同時に肌を包み込むような、ほのかな暖かさも感じる。
イリアの頬が紅く火照っているようにもみえる。
緑と闇が生い茂る、自然の森。
わたしたちは、進み続ける。
もうすぐ、光が——見える。
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ふと、気がつくと、森の深奥に来たのだろうか。
光に満ちる。
開けている場所に出た。
真ん中には寂れた碑がある。
一見崩れている様には見えないが、ところどころ朽ちており、碑の中央には何か文字が刻まれている。
「Ripozu ĉi tie, malbonulo, por ĉiam.」
何が書かれているかは解らないが、直感として、なにか不穏な雰囲気を感じた。
一体何が書かれているのだろうか。
いくつか異国の言語は嗜んではいるが、このような文法は見たことがない。
そして、誰がどのような意味で書いたのだろうか。
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碑と対峙しているイリア。
何が書いているかわからないからか、頭をひねりながら唸っている。
「悪しき者よここに眠れ、永遠に。」
人工言語でそう書かれている。
なぜだろうか。私はこの言語のことを全く知らないのに、自然と意味が入ってくる。
「こんな所に人間なんて、珍しいものね」
ふと、声がする。しかし、聴きなじみのない声であった。
「何か言った?」
「いえ?何も?」
イリアから思ってもいない回答が返ってくる。
いま、この場にいるのは、私とイリアの二人きり。誰もいない、はず。
「ここよ、私は。」
またあの声が聞こえてくる。
「残念ながら、彼女には見えない。アナタにしかみえないのよ。後ろをご覧なさい。」
言われるがままに振り向くとそこには髪の長い神妙な女性が、一人たっていた。
不気味に笑っている。
「こちらにいらっしゃい。」
女は呼びかける。
私は、歩みを進める。
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「何か言った?」
ミイナがそう尋ねてきた。
この壮大な光景に気を取られていて、何も言っていない。
もしかしたら、無意識に何か呟いていたかも知れないが、そんなことは知る由もない。
ふと、イリアが振り返り、歩みを進める。
虚空を眺め、進む。
——これは止めなければ不味い。
何がなんだかよくわからない。
ただ、イリアはそう直感し、ミイナを追いかける。
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「こちらにいらしてよ。」
誰かに誘われ、森の中を進んでゆく。
何かを忘れている気がするが、気にしない。
闇に誘われるかのように歩みを進める。
一寸先も見えない、ただただ、闇。
偶にザクザクと木の葉を踏みしめる音が聞こえる。
歩いているのにもかかわらず、走っているかのようなスピードで鳴り響く。
ひたすら、ひたすら歩く。
彼女が待っている、その先へ。
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ミイナが進んで行く。
まるで誰かに先導されるかのように。
「ミイナ! ミイナ!」
返事がない。
歩みが早くなっていく。
彼女は何処にむかっているのだろうか。
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もうどれくらい歩いただろうか。
何が目的なのか、私にも解らない。
「こちら、こちらに来なさいな」
声が濃くなっている。
私は歩を進める。
ふと、目の前に大きな櫓が見えた。
古ぼけ、ところどころ崩れている櫓。
しかし、両脇の炬には燭が揺れている。
「これを倒してくりゃんせ」
女はそう迫ってくる。
確かに。私はこの炬を倒せば良いのだな、と思った。
しかし、何か忘れている気がする。
今まで一度も忘れたことのなかったもの。
それは、とても大切なものだったはず。
……思い出せない。
「何をしておる?この炬を倒してくれれば、全てが終わるんじゃ。」
そう、私は、全てを終わらせに来た。
「……! ……ナ!」
何か聴こえる。
私は、その呼びかけを無視し、杖を大振るいした。
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「ミイナ! ミイナ!」
大声で呼びかける。
……しかし、彼女には届かない。
その瞬間、ミイナは杖を振るい、炬をなぎ倒した。
その瞬間、櫓が爆発した。
炎が燃えさかる。
その奥に、人影が見える。
「これで、ようやく、封印から解かれるのよぉ」
そう言い放ち、影は村の方向へ飛んでいった。
次の瞬間、炎は影の方向に一直線に向かっていった。
このままでは私たちも焼かれてしまう。
立ち尽くすミイナに組み付く
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……なにかをわすれている気がする。
これでよかったかどうかは、わからない。
そう、思考していた。
次の瞬間、身体に鈍い痛みが走る。
何故かはわからない。
肌が燃えるような感覚がする。
そう考えている瞬間、視界が開けるような気がした。
目の前には、誰かがいる。
……イリア?
「なに立ってるの?早く逃げるわよ!」
状況が解っていない私の腕をつかみ、一目散に走り出す。
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全てを蝕むような闇を二人で駆け抜ける。
すぐそこまで火の手が迫っている森を、到達点もなく、ただ、ただ、目的もなく、走り抜ける。
……いったいどれほど走っただろうか。
どれだけ走れば、私たちは助かるのか。
それが解ればどれだけ楽なことか。
なにもわからない。
闇雲に走り抜ける。走れど走れど火の手が迫ってくる。
もはや走ることに意味があるのかすらわからないまま、永遠とも想える時を駆ける。
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ただ、ひたすら、走る、走る、走る。
火の手がひたすら迫る。
このままでは全てが燃え尽きてしまう。
でも、イリアとこのまま死ねるならば……これでも……?
走るスピードが自然と落ちていく。
永遠のときを、過ごしたい。
そう思うようになってゆく。
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ミイナの足取りが重い。
このままででは二人とも巻き添えになる。
せめてミイナだけでも……
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二人の思惑がすれ違う。
このまま二人できえてしまいたいミイナ
ミイナだけでも助かって欲しいイリア
二人の行き着くさきはどこなのか。
それは誰にも解らない。
燃え盛る森を、二人で駆け抜けていく。
やがて、光が見えてくる。
冷たい風が押し寄せる。
この地獄も終わりが近いのか。
二人はそう感じる。
そして……